これからの時代の可塑剤はフタル酸エステルよりDINCH!

以下のようなニュースがありました。


BASFの非フタル酸系可塑剤 ぺんてるの消しゴムに採用

BASFは11月16日、文具メーカーのぺんてると、同社の日本法人BASFジャパンが、ぺんてるが製造・販売する「アイン」及び「ハイポリマー」ブランドの全てのPVC(ポリ塩化ビニル)製消しゴムにおける可塑剤を、同社の非フタル酸系可塑剤「ヘキサモールディンチ」へ完全に切り替えたと発表した。

ゴムタイムスより

ぺんてるの消しゴムは本屋や東急ハンズ、ロフトなどの文房具コーナーに行けばよく見かけると思います。

アイン消しゴム
https://www.pentel.co.jp/products/erasers_correctionproducts/erasers/aineraser/

人によってはトンボ鉛筆から販売されている「MONO」消しゴムの方が印象深いかもしれませんが。
個人的にはぺんてると言われると製図用のシャープペン「グラフギア1000」のイメージが強いですね。
何を隠そう、私はあのグラフギア1000の0.3mmを中学の時から使い続けるくらいには気に入っています。
あのちょっと重さがいいんですよね…
でもカラーとしては0.4mmの緑色の方が好きだったりするので、実は0.3mmと0.4mmの両方を持っています。

グラフギア1000
https://www.pentel.co.jp/products/automaticpencils/graphgear1000/

ペン先を出しているときに落とすと高確率でペン先が曲がって使えなくなってしまうという弱点(?)もありますが、基本的にはメタルボディで丈夫なので1000円しますが長く使えると思います。

さておき。

上のニュースはぺんてるのアイン消しゴムに使われている可塑剤として世界的超大手化学メーカーBASF製のヘキサモールディンチを使用します、という内容です。


そもそもディンチとは?

ディンチというのはDINCHをカタカナ読みしたものです。
DINCHとは1,2-diisononyl cyclohexane dicarboxylic esterの略称で、以下のような化合物になります。

これは現在、ゴム材料で可塑剤として普及してきています。


これまでの代表的な可塑剤は?

そもそもゴムで可塑剤というと、ちょっと前まで(あるいは会社によっては今でも)DOP(DEHP)DBPDINPなどが代表的なものとして語られていました。

DOP(DEHP)
Dioctyl phthalate(Di(2-ethylhexyl)phthalate)

DBP
Dibutyl phthalate

これらはいずれもかなり粘度の低い可塑剤ですが、ゴムの世界では主にNBRなどの可塑剤として一般的に使用されていました。


しかし、2015年頃にEUから「RoHS指令」に4種類のフタル酸エステルを追加して使用制限を課す、というお達しが出されました。

RoHSとは「電気・電子機器における特定有害物質の使用制限」というもので、EUで2003年から施行された法律になります。
具体的にどんな物質が制限されているかというと、以下になります。

  • カドミウム
  • 水銀
  • 6価クロム
  • ポリ臭化ジフェニルエーテル
  • ポリ臭化ビフェニル
  • DOP(DEHP)
  • DBP
  • DIBP(フタル酸ジイソブチル)
  • BBP(フタル酸ブチルベンジル)

これらの10種類の物質について、電気・電子機器に使われるものにはカドミウムは0.01wt%、他は0.1wt%までしか含んでいてはいけない、というものです。
実質的に「これらを含有させるな」と言ってるようなものですね。

ゴムで考えると、電気・電子機器に使用されるゴム部品に上記4種類のフタル酸エステルが使われていてはならない、ということになります。

これを受けてゴム業界は大慌てになりました。
あくまでEUでの話なので日本ではまだ大丈夫ではあるのですが、EU圏にゴム製品を出荷しているメーカーでこの4種のフタル酸エステルを使用してる場合は変更を余儀なくされます。
とりわけ、DOPはかなり使用しているメーカーも多いため、そういったメーカーさんからは「現行のゴム配合をDOPフリーにしたい」という依頼で配合変更の検討依頼がよく来ました。

さらに、企業によっては「とりあえずRoHSで指定されているのは4種類だけど、ゆくゆくはフタル酸エステル全般が規制されるのでは?」と考え、それを見越して「DOPフリーではなくフタル酸フリーに配合変更したい」という依頼も来ました。

ではフタル酸エステルの代わりに何を使うのか?

そこで登場したのがDINCHになります。

構造を見てもらうとわかりますが、フタル酸の芳香環部位を還元しただけの単純な変更ではあるのですが「フタル酸ではない」ということでRoHSの規制から外れることになります。

実際、フタル酸エステル系からまるっと置き換えると、配合によっては全く同じ粘度や物性にならないこともあるのですが、大体は似たような物性になります。
ですので、依頼してきた多くのメーカーはこちらの置き換えに成功している感じでした。

なお、DINCH以外となるとDOA(DEHA)のようなアジピン酸エステルなどの選択肢もあります。


さて、消しゴムに話を戻すとアイン消しゴムはPVC(ポリ塩化ビニル)製の消しゴムで、消しゴム中の約80%がPVCとなっているとのこと。

最初にフタル酸エステル系の可塑剤はNBRなどのゴム材によく使用されると書きましたが、PVCもNBRと近しい値のSP値(溶解度パラメーター)ですので、同様にこれまではフタル酸エステル系の可塑剤を使用してきたはずです。

別に消しゴムはRoHSでいう電気・電子機器ではないわけですが、DINCH自体は医療機器や玩具などの使用でもフタル酸エステルの代替品として安全性の高い可塑剤として各国で認可されています。

ぺんてるも自社の消しゴムを全てDINCHに変更したことで「手で持って人体に接触する消しゴムがより安全になりました! ちゃんとこういった部分も考慮しています!」というアピール(効果のほどは不明だが)や話題に繋がるし、BASF側も自社製品のいい実績になるので、なかなかwin-winなニュースだなぁと思ったのでした。

液体窒素(えきちー) のアバター

作者: 液体窒素(えきちー)

某化学系企業に勤める高分子系の材料開発屋。 大学での専攻は有機合成化学。卒業後、2012年から約7年、ゴム材料の品証、開発、製造などに従事。その後、粘着剤に関わり、現在は接着剤の開発を行っています。 副業はアズールレーンの指揮官。 趣味は文房具、宝石、シルバーアクセサリーなど

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