化学日報工業に以下のような記事がありました。
デンカは、合成ゴム事業のスペシャリティー化加速に向け、“第3の柱”と位置付ける高機能エラストマー「Evolmer(エボルマー)」の育成を加速する。昨年、新たに国内で鉄鋼関連で使われるゴムロール用途に採用された。
化学日報工業より
高機能エラストマー「Evolmer」とは。
デンカの出す合成ゴムと言えば「デンカ クロロプレン」が昔から認知度が高いです。
東ソーの「スカイプレン」、昭和電工の「ショウプレン」に並び、国内ではクロロプレンゴム(CR)のほとんどのシェアをこの3社でもっているような感じです。
またデンカは高耐熱・耐油性を持つ「エチレン・酢ビ・アクリル酸エステルの共重合体」の特殊ゴム「デンカER」という製品もありますが、このEvolmerに関しては全然知りませんでした。
(ちなみに私はデンカERも触ったことはありません)
このデンカERとは何者なのか。
デンカのHPに資料がありました。
デンカ Evolmer 資料 (デンカのHPより)

資料にはNBRとH-NBRとの比較が載っていました。
注目すべきは
- 屈曲疲労性(耐屈曲性)が高い
- 耐摩耗性が良好
- 動的発熱性(低発熱性)が良好
- -10℃の圧縮永久ひずみが良好
というところでしょうか。
そもそもNBRやH-NBRが尖っているというのもありますが、全体的にバランスの良さそうな性能というのはCRに似た雰囲気を感じます。
ゲーマンねじりによる耐寒性はNBRやH-NBRとあまり変わらないのに、-10℃の圧縮永久ひずみが良好というのは面白いですね。
NBRは脆化温度が約-40℃ぐらいと耐寒性に関してはあまり良くないわけですが、Evolmerに関してはもう少し脆化温度が低そうです。
130℃の高温側では強度等でさすがにH-NBRに劣るようですが、バランスを見ると十分ですね。


ゴムで耐屈曲性と言えばデマチャ屈曲試験で見るのが基本かと思いますが、100℃の雰囲気下で150万回以上はすごいです。
基本的に耐屈曲性というのはポリマー中に樹脂成分、結晶成分が多くなると不利になってきます。
NBRはアクリロニトリルが樹脂成分となるので、ニトリル含有量が多いグレード程不利になっていきます。
加えてH-NBRはブタジエン由来の二重結合部分が水素添加によって還元され結晶性のあるエチレンユニットに変化しているため、NBRよりもさらに屈曲性は悪くなります。
また、この低発熱性というのがどのような動的環境下で見ているのか不明ですが、デマチャのような耐屈曲試験も基本的には動的環境です。
屈曲部位の発熱が低くなるなら、それも耐屈曲性の良さに繋がってくるかもしれません。
Evolmerの中身って何なの?
ここまで、Evolmerの資料の試験比較結果を見てあれこれ思ったことを書いてみましたが、このEvolmerのポリマー構造は何なのかが気になってきます。
機械的な強度がそこそこあり、耐油性、耐摩耗性、耐屈曲性、低温性も良好、おまけに耐オゾン性も良いらしい、およそこれといった弱点があまりない優等生なポリマー……というと基本的にはCRですし、デンカが開発したんだからCRがベースでしょうと思うわけですが。
こういうときは特許検索をしてみるとざっくりとした情報が出てくることがあります。
特に新しい機能を持った材料を大手が一般公開するということは、その時点ですでに特許を出願しているはずですからね。
そしてよくお世話になる特許情報プラットフォームで検索をかけた結果、おそらくこの辺ではないかと。
【課題】圧縮永久歪みや耐スコーチ性に優れ、かつ、発熱性が低減された加硫物が得られる硫黄変性クロロプレンゴムを提供する。
特開2021-169544 の要約より
ポリマー末端がキサントゲン、ジチオカルバミン変性された硫黄変性クロロプレンゴム
という感じですか。
やはりCRでしたね。
しかし特許中には気になる点も。
本発明者らは、かかる課題を解決するために鋭意研究を行った結果、硫黄変性クロロプレンゴムの分子末端に特定の構造を導入し、充填剤として用いられるカーボンブラックの平均粒子径を特定の範囲にし、クロロプレンゴム以外のジエン系ポリマーを特定量含有させることで上記課題を達成し、本発明を完成させるに至った。
特開2021-169544 の発明の詳細な説明、0008より
クロロプレンゴム以外のジエン系ポリマーも含有しているらしい。
【課題】クロロプレン系ゴム分野において、耐熱性と耐油性に優れたゴム組成物、その加硫物及び加硫成形体を提供する。
【解決手段】不飽和ニトリル単量体単位3~20質量%を有するクロロプレン系ゴム100質量部に対して、結晶格子内の層平面のC軸方向の平均積み重なり高さLCが2nm以上のカーボンブラックを20~80質量部、亜鉛粉を0.2~30質量部含有することを特徴とするゴム組成物。カーボンブラックはアセチレンブラックであることが好ましく、不飽和ニトリル単量体がアクリロニトリルであることが好ましい。ゴム組成物は加硫することで加硫物や加硫成形体にすることができる。
特開2022-013964の要約より
この感じからすると、CRをベースにNBRを含有させていそうです。
なるほど、確かにこれは新しい。
私がまだゴム関連の開発職に就いていたら嬉々としてサンプル要求していたかもしれません。
最初に戻りますが、このEvolmerは鉄鋼関連のゴムロール用途に採用されたとあります。
私もゴム材料の開発時にこの分野は関わっていたので、そのうちそれ関連の記事も書きたいと思っていますが、鉄鋼用ゴムロールの分野というのは要求性能が高く、また評価期間も年単位で行われるそうです。
そう考えるとデンカもだいぶ前から頑張っていたんでしょうね。
現状、エラストマー業界では撤退が増えて危なくなってきていますが、エラストマー材というのは他の樹脂や軽金属では代替の効かない興行界の必須材料でもあると思っていますので、こういう新規エラストマー材料はこれからもどんどん開発していって欲しいですね。