先日、懐中時計を購入した。

この時計は某イベントに訪れた、時計業界では誰もが知るであろう有名人から購入したもので、ブランドはLANCO
LANCOとは1873年にスイスのランゲンドルフ(Langendorf)で設立したLangendorf Watch Companyから販売されていたブランドである。
ヨハン・ヴィクトル・コットマンが設立したこの会社は、コットマン家によって経営され、1890~1900年頃には大規模な時計製造会社としてその名を轟かせていた。
しかしその後、経営者の死亡や経営難により1965年には現スウォッチグループの前身であるSSIH(Société Suisse pour l’Industrie Horlogère)に買収され、1980年代にはほぼその名前を見ることなくなった。
今やLANCOはほぼアンティーク時計界隈でしか見ないブランドである。
私が購入したこの懐中時計はそんなLANCOの特別なモデル……
というわけではなく、おそらくありふれた量産モデル。
10石の手巻きムーブメントを積んだ二針スモールセコンド、0.900の銀ケースだが、裏蓋の内側に三菱のマークがあるのでケースは国産かもしれない。文字盤は琺瑯だろうか。

気になる年代だが、おそらく1920年~1930年代と思われる。
理由はこの時計に付属していた金属プレートにある。

表面には旭日旗と軍艦の艦橋、空には戦闘機が描かれており、裏面には「昭和八年 海軍特別大演習 観艦式参加記念章」と書かれている。
観艦式とは現在でも各国で行われている軍事パレードである。
近年、日本でもおおよそ3年に1度の頻度で開催されており、直近では2022年に海上自衛隊が令和4年度国際観艦式を開催している。
日本で言えば自衛隊最高司令官である内閣総理大臣が観閲艦(護衛艦)に乗り、自衛隊を激励する行事となる。
上記の金属プレートはそんな観艦式が昭和8年(1933年)に行われた際に、その観艦式に参加した軍人に配られたものと思われる。
調べてみると、昭和8年の観艦式は8月25日に横浜沖で行われ、161隻の軍艦と200機の飛行機が飛んだようである。
2022年の国際観艦式が12か国の軍艦も招いて39隻の参加だったことを考えると、日本(大日本帝国)だけで161隻の軍艦が隊列を成していたのがいかに壮大だったか想像できるだろうか?
時計の話に戻ると、日本の昭和初期は置時計や壁掛け時計、持ち歩くなら懐中時計が主流の時代であり、海外から入ってくる時計は非常に高価だったはずである。
また、先の観艦式参加記念章もある程度階級のあった人間に配布されたものではないのだろうか?
そう考えると、この時計の持ち主はそこそこ地位と階級のあった軍人さんが所持していたのではないかという想像が浮かぶ。
さらに言えば、この観艦式の6年後には第二次世界大戦が勃発する。
この時計の持ち主、少なくともこの時計と記念章は第二次世界大戦の戦火を経験して、現在私の手元に来たのである。
ここからがようやく本題であるが、やはりアンティークウォッチの魅力とは、ただ古いだけでなく、その時計に歴史や想いが詰まっており、それを感じることができることにあると思う。
LANCOという舶来の当時高価であったであろう時計に、観艦式の参加記念章付けられていることから、持ち主だった人は大日本帝国海軍の軍人として非常に誇らしく思っていたのではないだろうか?
どういう想いで観艦式に参加し、第二次世界大戦という過酷な戦火を潜り抜けたのだろうか?
そういった歴史や想いがケースに刻まれた傷と相まって、この時計をより魅力的にしているのだ。
中には由来は全く不明だし、デザインだってそうでもないのに妙な「色気」としか言えないものを放って目にする人間を誘惑する思議なアンティーク時計もあったりするわけだが、私個人としては時計そのものの来歴に加えて、その時計の以前の持ち主のストーリーまで含めてのアンティーク時計だと思う。

また来年もこういう時計と出会いたいものである。