今回は私の好きな要素が詰まったこちらの時計を紹介する。

Louis Emile Huguenin – Quarter repeater pocket watch
1880~1890年頃に製造された懐中時計。
ケースは50mm径の18Kイエローゴールド。
まず Louis Emile Huguenin についてだが……調べても正直ほとんどわからない。
Huguenin(ユグナン)はかつてスイスのル・ロックルやラ・ショー・ド・フォンなど、ヌーシャテル地域で時計職人や彫刻家、画家、製図家などをしていた、芸術方面に秀でた一族だったらしい。
時計職人の中には宮廷時計師だった人物もいたとか。
ただ、大量に時計を生産していたわけではないため、現代においてはその知名度はほとんどなく、アンティーク時計の界隈でもいい状態で見つかる時計は少ない。
私が所持するこの Louis Emile Huguenin については、時計のクオリティの高さから見るに、おそらく宮廷時計師レベルのだったと思われる。
文字盤にこの名前があるので個人で製造したのではないかと思われるが、今で言う独立時計師みたいな感じだったのかもしれない。
もしHugueininに詳しい方がいたら教えて欲しい。

まずは文字盤から。
白いエナメル文字盤の二針スモールセコンドであり、1800年代から1900年代前半でよく見られる縦長のフルローマンインデックスとその上にある小さいアラビアンインデックスの組み合わせ。
フルローマンは私の大好物である。
そして最も特徴的で目を惹かれるのは金の時分針。
非常に細く、先端が矢尻状になっているが、なんとファセットカットされた薄いダイヤが留められている。

このダイヤはサイズが約1mmかつ厚みも極薄で、この針に留めるだけでも相当な技量が必要と思われる。
しかしこのダイヤのおかげで細い針の視認性が上がっている。
何気に美観と機能性を両立させているのではないだろうか。
ちなみに針には形状によって様々なニックネーム(リーフ針、ドーフィン針、スペード針など)があるが、この針は呼び名は不明らしい。
この時計の販売者曰く、この時計の針の形状は違うが1700/1800年代の時計でもダイヤ付きの針は何度か見たことがあるらしい。
この時計の購入の決め手の一つである。
次に背面の蓋。

いわゆるミニアチュール・エナメルの装飾。
背面だけあってだいぶ傷や欠けがあるが、紛れもない職人技による仕事だろう。
上下にはフランス語で、
”Or Ces Trois Choses Demeurent. La Foi, L’espérance, La Charité“
(あとはこの3つが残る。信仰、希望、親愛)
と記載されている。
中央に描かれた十字架、錨、ハートは、それぞれこの信仰、希望、親愛を象徴している。
そしてその3つをぶどう(豊穣と救済の象徴)と小麦(豊穣と成長の象徴)で取り囲んでいる図式となる。

さらに、この蓋を開けるとダストカバーには違う装飾が描かれている。
こちらにもフランス語の記載があり、繋げると以下のような内容である。
”Cette Vie Est Un Songe Et La Mort Un Reveil“
(この人生は夢であり、死は目覚めである)
またこの絵柄自体はロバート・ブレア (1699-1746) という牧師の詩人が書いた詩「墓」が後に印刷された際に、ウィリアム・ブレイク (1757-1827) という版画家が挿絵として1808年に製作した「死の扉」というものになる。
しかし上記のフランス語の文章はオリジナルの死の扉には書かれていないため、この文章のモチーフとして使ったと思われる。
ここからは私の妄想だが、この2つのエナメル画はダストカバー⇒蓋の順に読むことで、以下のようなことを言っているのではないかと思った。
「この人生は夢であり、死は目覚めである。しかし、死んで夢から覚めても、信仰、希望、親愛という3つの大事なものは残るのである」
長くなってしまったが、この辺の話は象徴人類学の分野になると思うので、その道のプロに聞いてみたいものだ。
ともあれ、何故時計にこのようなエナメル画を描いたのか?
これはユグナンが自発的に描いたのか、あるいは当時の王侯貴族の依頼を受けて描いたのか、個人的にはこの辺りが気になる。
そしてそれを想像するのがアンティーク時計の楽しみであろう。
そして最後。
そう、この時計は最初にも書いた通り、クォーターリピーター、いわゆる「鳴り物」の時計なのである。
今や腕時計で鳴り物(ミニッツリピーターやソヌリ)は、それ1つで家が買えるような超絶高級機で、しかもそのほとんどが限定ピースとなる。
しかし100年以上前の懐中時計のクォーターリピーターやミニッツリピーターは比較的安価で、がんばれば私のような庶民でも購入できるのだ。
しかも腕時計よりもサイズが大きいため、状態が良ければ音質も良い。
メンテナンスの費用を考えるとお財布的に怖いところもあるが、手の届く鳴り物という点では懐中時計はうってつけ。
なお、ムーブメントとしては25石の18000振動。

メーカーによって音の鳴るテンポや音質など様々なので、興味のある方は是非自分好みのリピーターを探してみて欲しい。