JSRがエラストマー事業を売却
2021年5月に大手化学企業・JSRから驚きの発表がありました。
JSRは11日、タイヤ向け合成ゴムなどのエラストマー事業をENEOS(エネオス)に売却すると発表した。JSRがエラストマー事業の承継会社を12日付で設立し、ENEOSがその承継会社を2022年4月1日付で完全子会社化する。
JSR、エラストマー事業をENEOSに売却
JSRの社名が“Japan Synthetic Rubber”に由来していることからもわかる通り、JSRにとってエラストマー事業は看板事業のようなものです。
何故売却するの?
- 単純に「利益が出ていない、出せなくなっている」から
- 半導体材料事業やライフサイエンス事業など、もっと収益が見込める事業があるから
- 現CEOにためらいがなかったから
エラストマー(ゴム)で収益が出ていない、出せなくなっている
実は以前、私は半分くらいこのエラストマー事業部の社員みたいな立ち位置にいましたが、そのときからすでに減収・減益が続いており売上は良くて横ばい、基本は緩やかな右肩下がり…というような感じでした。
つまりエラストマー事業はJSRにとって看板事業ではあってもとっくに柱事業ではなかったということです。
エラストマー事業が収益を出せていない理由はいろいろあると思います。
- 自動車用部品をはじめ、様々なゴム製品が樹脂材、軽金属などに置き換わって需要が減ってきている。
- 原油価格の高騰により生産コストが上がり売れにくくなっている。
- 生産設備の老朽化で従来の品質維持が困難。
1つ目は私も現場の最前線にいたので実感はしていました。
ユーザーの要求する性能(特に耐熱性)が年々上がっており、ゴム製品では満たせなくもなってきています。
2つ目は材料関係全般に言えることです。
3つ目も多くの化学企業で見られるのではないでしょうか。
特にJSRではEPDMは鹿島工場で生産していますが、こちらはだいぶ老朽化しているという話は聞きました。
今のJSRにはもっと収益の出せる事業がある
大昔ならいざ知らず、今のJSRの収益の柱になっているのは半導体材料事業やエッジコンピューティング事業、ディスプレイ材事業で、次代の収益の柱にはライフサイエンス事業が控えています。
特にここ最近はライフサイエンス事業への力の入れ具合が大きいですね。
何かニュース発表があっても医薬関連企業の買収や協業のような話が多いです。
これはJSRの現CEO・エリックジョンソン氏が子会社のJSRライフサイエンスの社長に就任していたこともあってこの事業に手ごたえがあったことや、元々JSRが有していた高分子技術が医薬関連の素材面に上手く合致したというのもあったのでしょう。
JSRライフサイエンスは2012年に設立されましたが、10年足らずで順調に実績を出してきています。
この事実は確かに会社としては魅力的ですし、そちらに注力したいなら近年収益面で足を引っ張っているエラストマー事業はお払い箱になっても仕方ない、と私でも思ってしまいます。
現CEOにためらいがない(実はあったかもしれないけど)
これまでJSRの社長(CEO)は日本人が務めてきましたが、2019年に約10年社長を務めた小柴満信氏からエリックジョンソン氏に交代されました。
これは偏見かもしれませんが、こういう切り捨ての判断は外人さんだから、という感じがあります。
もし小柴氏が社長を続けていたら、なんだかんだで「祖業の事業だから」ということで事業売却までには至らなかったのでは? と思ってしまいます。
まぁでも時間の問題だったかもしれませんが……
売却先はENEOS
エラストマー事業の売却先はENEOS(エネオス)です。
一般的にはガソリンスタンドのイメージですが、基本的にはガソリンや灯油のような石油製品の精製や販売を行っています。
今回、JSRのエラストマー事業を購入したのは石油製品の1つ先、石油を原料にした石油化工品であるポリマーの領域まで手を広げたいからでしょう。
EUでは2035年にディーゼル車やガソリン車を廃止にする(販売しない)というようなことを言っています。
もう何年も前からEV車や燃料電池車など、ガソリンに頼らない自動車の開発というのは行われてきたわけですが、近年は「脱炭素社会」「カーボンニュートラル」といった言葉が浸透して脱ガソリンの流れが一気に加速してきました。
そうなると石油製品を売りにしているエネオスはかなり不利な立場になってしまいます。
もちろん、石油エネルギーだけでなく再生可能エネルギーなどにも手を出しているとは思いますが、石油化工品のポリマー関連技術を今のうちに手に入れて来るべき将来に備えたいのだろうと思います。
今後はどうなるだろう?
JSRのエラストマー事業の売却と一言で言っていますが、その売却対象は割と広いです。
- JSRのポリマー製造プラント(鹿島工場、千葉工場、四日市工場の一部)
- 東京のエラストマー事業本部
- 国内のエラストマー関連グループ会社(エラストミックス、JSRトレーディング、JSRクレイトンエラストマー、日本ブチル)
- JSRの海外工場(アメリカ、ハンガリー、上海など)
グループ会社も対象です。
まぁ本体がエラストマー事業をすっぽり無くすのに、エラストマー関連のグループ会社を手元に残しておく理由はないですからね。
これらが「日本合成ゴム分割準備株式会社」という便宜上設立された子会社に継承され、2022年4月にエネオスがこの会社の完全子会社化して売却が完了となります。
ここで私が一番懸念するのはエラストマー事業の質やモチベーションの低下です。
この事業売却が発表される前、JSRではエラストマー事業の40歳以上かつ勤続3年以上の社員を対象に約100人の早期希望退職を募集していました。
私の勝手なイメージですが、どういう理由であれ早期希望退職が打ち出されると、それに乗っかる希望者はある程度実績を出したり経験を十分に積んだ社員になると思っています。
なのでまずこの段階で優秀な人がぽつぽつといなくなります。
また、今回の事業売却で行くとエラストマー事業はエネオスの子会社になるということですが「大手の一部上場企業で働いている」ということをステータスに考えて勤めている人もこれを機に退職するかもしれません。
加えて「JSRほどの企業が見切りをつけるくらいにはエラストマー関連は斜陽産業で、今後は明るい望みが薄い」という風にも捉えてしまうと、やはりこれを機に別の業界へ転職を考える人も出てくるかもしれません。
こういった理由からエネオスに移った後の旧JSRエラストマー事業は、以前までのような質やモチベーションは維持できるのかな? と思った次第です。
それに今の国内はエラストマーに対して逆風が吹いている感じもあるので、組織に地力がないとちょっと大変ではないかと。
ともあれ、事業売却はもう決まったことですし、来年はどう業界が動いて変わるのか材料技術屋として注視していきたいと思います。